白藤 里奈
祝・合格!
最終合格大学
東京女子医科大学 日本大学 杏林大学 北里大学 埼玉医科大学
▼マンスリーテストの成績
回数 | 第1回 | 第2回 | 第3回 | 第4回 | 第5回 | 第6回 | 第7回 | 第8回 |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|
点数 | 254 | 220 | 267 | 263 | 322 | 325 | 263 | 324 |
順位 | 32位 | 23位 | 2位 | 9位 | 1位 | 1位 | 1位 | 3位 |
前期は一通り授業には出ていたんですけど、国立医学部コースに所属していたので授業の内容が難しすぎてついて行けずに、授業の復習をしようにも何をしたらいいのかわからず復習も手が付かずそのまま夏までを過ごし、 そのままではまずいなと思い、夏の終わり頃から気持ちを入れ替えて、私立の医学部の試験に出る科目の授業だけにでて、残りの時間は自習にあてて基礎からやり直しました。
ひたすら難しい東大京大の問題を解かされて、解くというよりもノートに写すだけでした。
つまずきましたね。(←言葉を重ねる様に)
なんでですかねー。
浪人したら駿台市ヶ谷ってのが高校でも鉄板で友人でも鉄板だったので、流れに乗ってしまったってのがあります。
自分自身でも一年で合格するとは思えなかったので、二浪目か三浪目に医専に行こうと考えていました。
ウインダムを選んだきっかけは、たまたま攻略本を配っていたのをもらって、3月に自分はどこの予備校に行こうかなーと考えながらその本をパラパラ見てて、裏表紙の合格者一覧を何となく眺めていたら、 「東京医科大学 桐朋女子 田中江莉子」と書いてあって「えっ、えり子さん?小学校も同じだった桐朋女子の江莉子さん?あこがれの江莉子さんが東医に受かった?」。その時が衝撃的で、これは絶対にウインダムに見学に行かなきゃと思い、次の日に予約をして見学に行ったんですよ。
そしたらまたまたそこの合格者一覧に田中良磨(田中江莉子さんの弟で小学校の同級生)って名前が貼り出されていて、これはウインダムに入るしかないってその場ですぐに入塾を決めました。(笑)
彼は小学校六年間一緒で、しかも彼が私の行きたい日大と東医に受かっているっているのが衝撃的でしたね。
一浪目で岩手の一次試験に受かったのは自分としても達成感があったのに、そんな時に彼が一浪で日大と東医に受かったと知ったときはもう絶望ですね。(笑)
物理は基礎がちゃんとしたら一気に伸びるものだなって実感してますね。
論理ではなくて数式でしか考えてなっかったのが、ちゃんと組み立てて頭で理解するようになってからは伸びました。伸びは著しかったですねー。
数学は同じ問題を何度も解きました。本当の基礎は別の問題集でやって、それを超えた基礎で医学部受験に対応するものでとなると前期のテキストが一番良くて、後期でも前期のテキストをひたすら使って、特にγのテキストは何回やったかわからないくらいです。
後は先生が配ってくれる計算練習問題とかを計算力が衰えない程度に日々解いて凡ミスを減らしていきました。
医学部の問題って結構典型的な問題も多く、そういった典型問題、例えば福岡大学のような簡単だけど落としちゃいけない大学の問題を中心に解いていました。
日大では記述はもう落としたなと思って、その代わりマーク式のところは全て完答しようとしました。
記述式って減点されることが多いので、減点されるところは最低限とって、マーク式では絶対落とさない様にするってしてましたね。
医学部って基本的にマークが多いのでマークが出来た方が有利なんじゃないかな。
夏までは全く伸びず、滞っていてどうしようかなと悩んでいたんだけど、夏に「長文検定」が始まったときに、私って長文が出来なかったんだと思い、取りあえず毎日これを日課にして、これプラスアルファで問題集の長文を一日一題と長文検定の長文を一題づつ完璧に読めるまで毎朝読む様にしてたんですよ。
そしたら夏の終わりぐらいにはどの文章も読めるまでなりまして、夏の終わりの河合の模試では偏差値が70ぐらいになり、2ヶ月弱で偏差値が10近く上がりました。英語に関しては短期間で完璧に読めるまでを極めることが大切かなと思います。
私の場合は、それまでは何となく流し読みをしていたんですけど、この副詞は何を修飾しているかなど、ひとつずつ文法を追って読むようにして、それをまず定着させてからそれが短時間でどれだけ早い時間で頭の中で整理出来るかって事を練習をして、着実に手抜きをせずに読む様にやってました。それで長文が出来るようになっただけでなく、例えば整序問題とか正誤問題とかの文法問題も出来るようになり一石二鳥でした。
具体的には、この勉強法は自分で編み出して自分でも気に入っているんですけど、長文で副詞は黄色とか色を決めてカラーペンで色分けした形で読んでいって、最初はテストの時では括弧や□を書いたりしてたんですけど、最後はただスラッシュリーディングだけで読むようになりました。
前期はダメダメだったんですけど、やっと最後のマンスリーテストで英語が2位になったんですよ。あれはほんとに嬉しかったです。
解きづらかったです。例年物理は難しいじゃないですか。私は落としてはいけないところは全部取って行きました。
ありましたね。12月くらいから受けるところの大学の1年分は一通り見て、傾向と対策は練りました。
毎朝5時半に起きて、6時半に家を出て、予備校に7時半に着いて、授業の始まる9時まで自習をして、授業が4時に終わって、そこから10時までは予備校で勉強して、家が遠いので家に帰る一時間ちょいは電車内で英単語とか物理の本を見たりして、だいたい12時前には寝るという生活を毎日淡々と繰り返してました。
机の前に目標とか、忘れてたこととか、やらなければいけないタスクとか、その日に学んだこととか付箋に書いてぺたぺた貼って、自習に疲れたらそれをぼーっと見てました。自習室が凄い使えましたね。
付きっきりでした。
マンネリ化する時は3階の開放教室に行って勉強したりだとか、英語の長文とかは違う場所の方がはかどるので違う場所に行って読んだりしてましたね。
長かったですねー。授業一日終わって疲れたと思ったときは4時から5時まで寝るって決めて、机に突っ伏して寝てましたし、疲れてダメだなって思ったらサロンで一休みしてから自習室にもどる生活ですね。
みんなが努力家だったじゃないですか。負けたくなかったし2浪だし女子だしビハインドも大きいので、とにかくがむしゃらにひたすら勉強しました。
いろいろ受けてわかったことは、正規合格するところは最初から向こうから合格させるつもりで、この学校に来たらどうするという体(てい)で話をしてくれました。
東医は一次試験がぎりぎりだったから最初から合格させるつもりがないなっていうのが面接でわかりました。もう興味がないんですよ。形式だけだなっていうのが話しててわかりました。
埼玉なんかは如実に私が正規なんだなってわかりました。対応が違います。優しいし、この毛呂山に来てどうするかってことを具体例で話しました。推薦でも受けているのですが、その時との対応の違いにびっくりしました。
全く違います。
一浪の時は岩手には一次は通ったんですけど、岩手は問題量に対して時間は非常に長くて、それであっての合格だったので。それぐらいしか対処できなかったんですよ。特に私の場合は英語が間に合わなくて。
英語は繰り返し、短時間でどれだけ正確に読むかの練習で、時間内に正確に読む事が出来ましたね。日頃の勉強で試験時間に対処できるようになりますね。
最初に問題の全体を見て解けるところから解いていくってのがひとつの手ですね。
緊張しました。日大は緊張しなかったんですけど、杏林は最初だったのでガタガタ震えながら受けました。
初っぱなの数学が難しくて落ちたと思って、泣きながら理科をやって、落ちた落ちたと号泣したところの合格でした。
逆に日大はそれまでにいろいろ合格をいただいていたので、落ち着いて出せるだけの力を出そうと思って受けたら正規をもらいました。
なりますね。マンスリーテストとかレビューテストとでその感覚になれていたのが大きいですね。
第1回のレビューテストはガクッと落ちたんですけど、あの時は数学で緊張のあまり頭が真っ白になって、何をしたらいいか分からなくなってずっと頭を抱えていたんですけど、そういった感覚はウインダムの時で終わり。
慣れが大切だなって思います。自信も大きいですね。
完璧に自信が持てた訳ではないですけど、第1回マンスリーテストでこけてしまって37位になり、第2回で17位に上がったときに、やっぱりやれば出来るんだなと思いました。
そこからマンネリになり24位になったときに、このままではまずいと思い、自分を追い込みストイックになり10番以内にはいったのが大きかったですね。
最後の4位は一番の自信ですよね。
私は個人プレー派だったので、友達とは話すんですけど良きライバルといった感じでした。
駿台時代はつるんであまりいいことはなかったので、つるんではダメだなとは一浪目で学んだんで、二浪目はストイックに友達ともご飯にも行かずに自分は自分と決めて自制しましたね。
でも何だかんだ仲のいい友達がいて、そういう人たちと入試の直前とか入試期間中とか話してすごく心の支えになってましたね。
そう必要ですね。友達つきあいも高め会える友達は大切で、逆に聞いて焦りを覚える友達は自分に取ってもプラスとも言えないので、友達の取捨選択は大切だなって。
焦らせると言うか、自分がやっている問題集を、「そんな問題集をやっていてもしょうがないよ。」って言われたり、相手が焦りすぎている友人だと、それも自分が焦る原因になりますね。
第1回マンスリーテストの直後で最初のオリエンテーションの時が一番辛かったです。
入塾試験を受けてからは、私は少しポテンシャルがあるかなって思っていてゆるくやっていたのですけど、マンスリーテストが37位で、このままじゃ受からないってあせり、その後の一ヶ月間、第1回から第2回の間は絶望感の中ひたすらがむしゃらに勉強しました。もう一度あるのが、24位から8位にあげるまでの時期で、そこもまたひたすらやりました。
困ったときは自分の答案を先生の所に持って行き、ひとつひとつ何がダメだったのか、今後どうしたらいいかっていうのを聞いて、すがったというか頼ってました。それが支えとなってがんばれました。みわっちに数学の問題集のレベル3以内を全部やれって言われて、与えられた期限の半分ぐらいの時間で絶対やろうと思って、めちゃめちゃストイックに、言われた物は全部やるけれどもプラスアルファでもっとやらなきゃ自分は受からないととにかく追い込んでやりました。
努力は実るんだなって、本当にウインダムに一年間来てよかたなって思ってます。
どうしても受かりたいと思ったんですけど、まさか一年後に自分が口で言っていた日大に受かると思わなくて、あのときの自分で考えたら信じられないですね。
都内に残れるなんて幸せでしかない。ウインダムにいたから私が今がある。マンスリーテストがなかったら私、途中で心が折れていたと思います。ウインダム様々です。
一浪目にウインダムに来てたら一浪目で受かったと思います。
入塾当時はまさか自分が受かるなんて思わないくらいの成績でしたけど、ちゃんと努力していけば努力は実ると言いますか、思った通りの結果は出ると思うので、絶対に最後まであきらめないで頑張って欲しい。頑張って下さい。